生命の樹

カバラー・ユダヤ教とセフィロート体系

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生命の樹の意味を調べていくと、カバラー、ユダヤ教、は避けられません。
そうは言ってもカバラーもユダヤ教も歴史や伝統も古く、掘り下げて調べるとなると途方もないです。
そこで生命の樹に関係する部分のみを抜き出し、読みやすくした上で記事にしました。

  • カバラーって何?ユダヤ教がどう絡んでくるの?
  • セフィロートへの繋がりや象徴、寓話を用いた神の概念て?
  • そして最後にカバラーの起源といわれる「清明(バヒール)の書」の紹介

カバラーとは?

カバラーと言葉

ヘブライ語のカバラーは文字通りには「受容」を意味し、代々受け継がれるユダヤ教の秘密の伝承を指します。
この思想に携わるラビ(ユダヤ教の指導者)はカバリスト(ヘブライ語でメクーバル)と呼ばれ、聖書やタルムードなどの聖典、そしてヘブライ語という言語そのものに、秘密の言葉があると信じています。
それは表面的な意味よりもずっと深い奥義です。

カバラーの中心にあるユダヤ教

注目したいのは、カバラーがラビ(ユダヤ教の指導者)・ユダヤ教の伝統に根差しているという事実。
それは決して異端の思想ではなく、区別される宗教でもないということ。
カバラーの中心にあるのは、あくまでもラビ(ユダヤ教の指導者)・ユダヤ教なのです。
そこで語られない世界の「真髄」を究めようとするものがカバラーなのです。

カバラーの象徴表現と寓話

カバラーが他のユダヤ思想の領域と異なるのは、豊かな象徴的表現と寓話によって神の秘密を語る点です。
多くの場合、論理的とはいえない議論が目立っていますが、権威や解釈の絶対性を主張することもありません。
それゆえ、いくつもの独自の概念が見られます。

カバラーによるセフィロート体系の象徴表現

最も有名な事例は、セフィロート体系です。
象徴を用いることで、唯一の神が10個の要素に分割されています。
それぞれの要素は神の性質を表し、独特の配列によって人間の身体構造や生命の樹として描き出されています。
もちろんユダヤ教は一神教なので、こうした発想はその基盤を揺るがしかねないものではあります。

セフィロート(単数形はセフィラ)は聖性の高い順に

  • 王冠(ケテル)
  • 知恵(コクマー)
  • 理知(ビナー)
  • 慈愛(ケセド)
  • 厳正(ゲブラー)
  • 壮麗(ティファレト)
  • 永遠(ネツァク)
  • 栄光(ホド)
  • 根幹(イエソド)
  • 王権(マルクト)

と展開します。

この順序はカバリストによって異なることが多いです。
「王冠(ケテル)」の上位に「無限(エイン・ソーフ)」が置かれることもありますし、「王権(マルクト)」より「臨在(シエヒナー)」が好まれる時代もあります。

これらの神の属性は、上方から下方に向かって発散し有機的に連鎖しています。
そのため、最下位の「王権(マルクト)」あるいは「臨在(シエヒナー)」は人間が暮らす穢れた地上に近いと考えられ、ここに独自の寓話が生まれます。

カバラーによる臨在(シエヒナー)の寓話

アブラハムの時代から、神の「臨在(シエヒナー)」はつねにイスラエルの民を守ってきました。
だが、モーセがシナイ山に登っているいる間に、彼らが戒律を破って金の子牛像を鋳造したので、「臨在(シエヒナー)」は離れていってしまいました。
そこでカバラーは再びこの「臨在(シエヒナー)」の恵みをうけること、あるいは神の世界が本来備えていた調和を回復することの重要性を説いているのです。

さらに、これは両性具有の神という発想にもつながります。
上位9個のセフィロートは神の男性的な性質を表し「臨在(シエヒナー)」は神の女性的な属性だと考えます。
花嫁に例えられる「臨在(シエヒナー)」を花婿である神に戻して、原初の調和を回復することが贖いの完成だとみなされているのです。
この結合を促すのは、他でもない地上のユダヤ人の敬虔な行いなのです。

カバラーの起源と「清明(バヒール)の書」

正確な起源が不明なカバラー

カバラーがユダヤ教の歴史に現れた正確な時期を特定することはできません。
ある特定の人物が作り出した思想ではないし、最初期のカバラーについて残された証言はとても少ないからです。
古い資料も存在しますが、直接の歴史的関係がはっきりしません。

大きな影響を与えた清明(バヒール)の書

その最初期のカバラー文学の中で、後のカバリスト達に最も大きな影響を与えたのは、
「清明(バヒール)の書」と呼ばれる短い文書です。
アラム語混じりのヘブライ語で書かれた「清明(バヒール)の書」は著者も知られていないし、体系的な思想も持ち合わせていません。そして偽書です。

ただ、匿名の著者が後のユダヤ思想の中で特異な流れとなるカバラーを、ユダヤ教の文学的伝統の中で始めたのは興味深いと思われます。

清明(バヒール)の書とセフィロート

カバラーの基本的特徴の表現も現れる清明(バヒール)の書

「清明(バヒール)の書」の内容を見ると、天地創造からヘブライ文字の形態や音韻まで多様なテーマが語られています。
ただ、編集の痕跡が目立ち一貫性にとぼしいところがあります。
後に定式化されるカバラーとは違うところもあるし、あいまいなところも多いです。
しかしカバラーの基本的な特徴ともいえる、10個のセフィロート神人同形論両性具有的な表現が現れているのは興味深いです。

ただ、10個のセフィロートという表現が出てくるのは一箇所のみです。
そこではラビ・アモライが、大祭司アロンの指の数と結び付けています。
祝福の際に両手を掲げる秘密の意味が、10個のセフィロートと関連しているというものです。
10本の指が十戒を意味し、聖書の原文でヘブライ語の文字を数え上げ、その中に613の戒律が含まれると結論づけています。

言葉(マアマロート)と呼ばれる生命の樹

「清明(バヒール)の書」では大抵の場合、セフィロートは「言葉(マアマロート)」と呼ばれます。
この10個の「言葉(マアマロート)」について詳しい解説が展開されている部分では、第一は「至高の王冠(ケテル)」、第二は「知恵(コクマー)」といった具合に、
のちに完成するセフィロート体系の原型を見ることができます。
一つひとつは「言葉(マアマロート)」と呼ばれながらも、神の性質や働きだと考えられているのが分かります。

また、最も聖性の高い神の頭に「王冠(ケテル)」が位置する以外に、神の右手と左手が描かれています。
偶像崇拝を禁じるユダヤ教で、神が人間と同じ身体構造を持つと考えることには根本的な問題がありますが、カバラーでは一般的な表現です。

それぞれ「正義」「大いなる火」と言われ、神の優しさ厳しさを表現しています。
これらが後に右側の「慈愛(ヘセド)」左側の「厳正(ゲブラー)」として定着することになります。

女性性を表している臨在(シエヒナー)

さらに、第7のセフィラ以下では性的な表現が見られるようになります。
第7のセフィラは、明らかに神の男性的な性質を表象していますし、中でも第9と第10のセフィラの結合が語られる点は重要です。
エゼキエル書に現れるメルカバ―の車輪を念頭に置いているようです。

後に「根幹(イエソド)」「臨在(シエヒナー)」が神の性的な結合の場となることを考えれば、そこに見られる「臨在(シエヒナー)」という言葉は、神の女性性を表していると類推することができます。
実際に「西を向く」とされる第10セフィラーは、別の箇所で花嫁に喩えられ、神の息子である花婿を表す第7のセフィラーから多くのものを贈られるといわれます。
「臨在(シエヒナー)」を神の花嫁に喩える表現は、後のカバラーの最も基本的な考え方になっていきます。

「清明(バヒール)の書」から「光輝(ゾーハル)の書」に続く。

まとめ

カバラーの中心に位置するユダヤ教。
そのユダヤ教では語られない世界の真髄を探求しようとするのがカバラーです。

カバラーは語られない世界を独自の概念により、象徴表現や寓話を使い究めようとしています。
その象徴表現がセフィロートであり、臨在(シエヒナー)の寓話であったりします。

最初期のカバラー文学で、後のカバリスト達に最も大きな影響を与えた「清明(バヒール)の書」。
多様なテーマが語られ一貫性に乏しいところもありますが、カバラーの基本的な特徴ともいえる、10個のセフィロート、神人同形論、両性具有的な表現が書かれています。

カバラーもユダヤも、科学、心理学、哲学、神学、神秘学、宇宙、と幅広い知識がちりばめられています。
専門書を読むのは骨が折れますが、今は優しく解説してくれる著書も増えてきました。
それだけ興味を持っている人が多いということです。

カバラの叡智を活用する第一歩として、生命の樹に触れて頂けたらと思います。

参考文献

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【当記事引用文献】